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近江散策:その2

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近江八幡をあとにして、琵琶湖の東岸の湖周道路を北上して彦根へ向かいました。兵と物資を水路を使って速やかに目的地に運ぶために、戦国武将が湖畔に城を構えた気分が伝わってきます。

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観光保全されたキャッスルロードにある「千成亭 伽羅」で近江牛ステーキを楽しんだあと、
近江商人:堤一族の彦根プリンスホテルへ・・・大津プリンスと同じようにイルミネーションが・・・(気張って派手にしているのでしょうか?)。
スカイラウンジで、今回の<近江の街道>をもう一度、噛みしめました。

次は「壬申の乱」の足跡を訪ねてみようかな・・・と独りワクワクしています。

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表門の右には、藩主が日常生活を送っていた表御殿が、博物館を兼ねて復元されています。奥向き御座之間に面して拡がる庭園を、桜田門外の変で倒れた13代当主、井伊直弼も眺めたのでしょうか・・・直弼の気持ちで臨んでみましたが・・・自分の凡夫さを思い知るだけでした。

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築城400年祭の準備中だった、
彦根城を訪ねました。
外濠と中濠を橋で渡り
愛(車)馬を大名庭園玄宮園の傍に繋いで、
徒歩で登城です。

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水を上手く引き込んで外堀に使い、天然の要塞が出来上がっています。
徳川四天王に数えられる、井伊直政は14歳で家康に見いだされ、子飼いの猛将として大いに活躍しました。「井伊の赤備え」と呼ばれる、朱色の具足に身を固めた凛々しい美男子、直政。
戦国武将の中では珍しく「衆道(男色)」を好まなかった家康が、美男子の直政だけは愛したという話も残っています。
関ヶ原の後、井伊家は、西の島津、毛利に対する見張り役として、徳川家に忠誠を尽くしました。東国の守りとして彦根城の造りは秀逸と感じました。多くの兵を一同に戦の準備をさせるのに充分な広がりがあります。島津の押さえには肥後熊本城をはじめ、東国に向けて数々の守りの城がありますが、彦根城に東軍を集結させれば食い止められただろうと、現地に立ってあらためて納得しました。

そして最後にもう一つ…

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近江散策:その1

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先日の司馬遼太郎記念館のあと、休みになると居ても立ってもいられなくて自分なりの「街道をゆく<プチ>」を始めることにしました。

ずーっと以前から、いつの日かセミリタイアできたら司馬遼太郎先生の「街道をゆく」のような旅をして過ごすことが夢でした。何日も何ヶ月もかけて、ゆっくり旅して、聴き、触れ、嗅ぎ・・・思考し、五感をいっぱいに使って「自分の生きる世界の成り立ち」を感じたいと思ってきました。
セミリタイアはまだまだできそうにありませんが、
休日に日帰りでいける「<プチ>街道をゆく」なら、今からでも始められそうか・・・と考えはじめると、じっとできなくなり、
早速、司馬先生をまねて琵琶湖の東「近江」から始めることにしました。

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近江商人のふるさと、近江八幡は昔の町並みが保存されています。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」
現代企業にも重要な示唆を与えてくれる
「三方よし」の商い倫理を生み出した、空気を感じながら2時間ほど散策しました。

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屋形船で水郷めぐりも楽しめます。
家々の裏口は水路に面しており、流通に合理的な造りです。

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100年ほどタイムスリップした気になります・・・
どこかから
「おきばりやす(精を出して働くこと)」という挨拶が聞こえてきそうです。

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おやっ、これはこれは・・・モーガンのツーリングも、
この街並みではモダンな馬です。

奢ることなくケチることもない生活を「大黒(福徳)」とし、正直、堅実、倹約に努めた商人たち・・・ケチと始末は違うことを理解すべし・・・と。

 当院も「始末してきばる」を掲げましょう。
明日からは、スタッフの挨拶も
「おきばりや~す」にして下さい・・・(笑)

近江八幡のあとは彦根に足をのばしました・・・次回へ

そして最後にもう一つ…

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大津にて

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司馬遼太郎記念館で、蔵書20000冊に囲まれて至福の時間を過ごした後、昂ぶった気持ちを抑えきれずに、そのまま名神高速を東へ・・・
最近、心に留まっていた明智光秀を訪ねて大津まで足を伸ばしました。
敏腕官僚のように実務に長じ、織田家の台所をきりもりした実力・・・他面、律儀で慣例を重んじ、旧体制を刷新しようとする信長に、最後はついて行けなくなった・・・あれほど拒否していた比叡山の焼き討ちでも、いざ実戦となると周辺の村々に対して、皆殺しにする旨をもって、根回ししていた光秀。

その後、坂本城主となり、自ら焼き討ちにした比叡山を含めて、大津周辺を治めることができた人望。
奇をてらうことなく、地道な努力で一国を運営した手腕は、難局に際したときのビジネス経営にひとつの指針を与えてくれます。

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大津プリンスホテルの

最上階のラウンジから

琵琶湖を眺めました。

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光秀も、湖畔の民々の

「灯り」に臨んで、

何を思ったことでしょう・・・

久しぶりに充実した休日になりました。

そして最後にもう一つ…

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